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読書について/名言作家養成塾 

ブロック A
 仮初(かりそめ)にも文筆業へ携(たずさ)わるようなタイプの人であれば、誰しも好きであるはずの読書…しかし、筆者【拾壱】は、実のところ余り好きではありません。本を買うのは楽しくて結構好きなのですが、生来(せいらい)の怠(なま)け癖が抜けず集中力が散漫なせいか読書量も非常に少ない(月に一冊超くらい)ですし、読むスピードも遅い方だと思います。

 加えて、アフォリズムを創作するようになってから無意識のうちに「ネタ探し」をする傾向が出始め、純粋に読書を楽しむことが難しくなったのも大きな悩みです。今となっては、恋愛小説でさえ文献資料の一類型にすぎません。

 こうなると悲しさを通り越して、いっそのこと最近の流行で持て囃(はや)されている速読術右脳読書法)でもマスターして、イメージ化された文章の像をスキャナーの如(ごと)く一気に流し読みしてしまおうか…と考えてしまうほど。しかし、営業妨害をするわけではありませんが、(一部の)速読法には活字中毒などの副作用が伴うといった(根拠のない?)風評小耳に挟(はさ)んだこともあるので、今ひとつ現実的な選択肢とは言えず…。

 それに、恐れながら自分が読むジャンルの本は速読して理解または観取(かんしゅ)できるような軽い内容のものは少ないので、結局のところ「左脳」を使ってじっくりと「考えながら」熟読するしかないと、諦(あきら)めている次第です。

≫≫ 以下のブロック(↓)に続く


ブロック B
 それにしても、「本の虫」と呼ばれるような人たちに対する言い知れぬ劣等感は、何なのでしょうか。哲学者のショーペンハウアーは、知識量を競うだけの無鉄砲な読書家をつかまえて、「さぞかし物を考えなかったのだろう。」と痛烈皮肉りましたが、各人の能力や努力によっては一概に読書の量と質を差し障(さわ)りなく両立できないとも言い切れません。要は、読書に何を求めているかが大事なのだと思います。例えば、一般の学生や社会人が目的もないのに第一線の研究者と同等の読書量をこなしても無意味です。

 ちなみに、筆者【拾壱】が倫理哲学系の本を少しずつ読み始めたのは大学四年生くらいの頃からだったと思いますが、それでも未(いま)だに古典らしい古典を本格的に読んだことがありません。もしかしたら、そんな状態でアフォリズムを創ったり哲学や倫理について語ったりするのは不躾(ぶしつけ)で言語道断なことかもしれませんが、読解力の乏(とぼ)しい分際(ぶんざい)のまま古典を読むことによって当該分野を嫌いになっては元も子もないという思いから、現在に至っています。

 ただ、古典というものは歴史の風雪に耐えて生き残り、読み継がれてきたという事実だけでも読む価値があると思うので、時機を見計(はか)らって是非とも読んでみたい…という気持ちを強く持っているのも事実です。ゲストの皆様も、100年後に愛読されている可能性の低そうな安っぽい流行のベストセラー(数少ない本物の著作は除く)ばかりではなく、手近なところからでも由緒(ゆいしょ)ある古典を読み始めてみてはいかがでしょうか。【完】

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