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SN-074/名言作家養成塾 



プレーン・テキスト

≫≫ 解説 ≪≪

 通常、何かが「足りない」というとき、それは自分が手にする「物」であったり受ける「サービス」であったりを想像すると思うのですが、そうではなくて自分が発したり返したりする感謝の「気持ち」の方が足りていない…という盲点意表を突くところに、この句の主眼はあります。

 つまり、言い知れぬ「もの足りなさ」の原因は、受け取る物やサービスの質量ではなく、それらに対する己自身の態度や姿勢にあった…ということ。もちろん、感謝の気持ちで腹が満たされるわけではないけれど、衣食住が足りても最低限の礼節さえ知らないようであれば、「我が振り」に修正の余地があるのではないでしょうか。

 そして、本当の意味での「満足」が腹八分目のような自覚的な「知足」だけではなく、対人的で双方向性を伴う…つまり「ありがとう」というリ・アクションによって完結するものだとすれば、感謝の気持ちなしでは画竜点睛(がりょうてんせい)を欠くと言わねばなりません。

 人間は、動物的な「欲求」だけでなく、必要以上の「欲望」に悩まされる生き物です。物質的な欲求だとか精神的な欲求だとか、欲望の何段階説のような難しい御高説が学界には数多くあるようですが、「感謝の心」の重要性を教えてくれるものは少ないように思います。

 「礼に始まり礼に終わる」の言葉通り、いつまでたっても終わり=満足感が得られないとすれば、それは自分自身の失礼・非礼・無礼に原因があるのかもしれません。

≫≫ 補足A ≪≪

   ちなみに、あえて今回の作品は「気付き」のスタイルを採用しています。警句箴言(しんげん)というのは、句の性質上どうしても「~である」のような断言調になってしまいがちなのですが、それを「~感謝の気持ちである。」ではなく「~感謝の気持ちだった。」として、まずは作者が気付いたことを表明し、それに対する読者の賛否を促すというスタイルにすることで、上から目線の「教え」にならず別の意味で説得的な雰囲気を出すことができる…のではないかと(笑)。

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