スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

コメント(-) | トラックバック(-)

回顧録という教訓/名言作家養成塾 

ブロック A
 他の項目でも幾度となく申し上げていることですが、未来の名言(銘言)作家の皆様には、是非とも日の目を見なかった「拾壱流」を失敗学の教材として活用して頂きたい…ということで、当項では筆者【拾壱】がこれまで暗中模索しながら歩んできた波乱含みの軌跡(きせき)について、少しだけ解説をしてみたいと思います。

 実は、旧サイト「合言葉たちの森」を運営していた当時も、創作の舞台裏で起こったお涙頂戴(ちょうだい)ものの苦労話を展開することでゲストの皆様の同情票を獲得し、思わず作品を購入したくなるように誘導(?)する目的で回顧録を書き綴(つづ)っていたのですが、(当然といえば当然のことながら)そんな悪徳商法じみた小賢(こざか)しい手法など通用するはずもなく…。

 かといって、正真正銘のプロの作家やアーティストよろしく事も無げに作品を創出したかのような玄人(くろうと)の余裕を演出するだけの器量もなかったため、結果的に目も当てられないコーナーになってしまいましたが、今回は反面教師(講師)という…ある意味において誉(ほま)れ高き役割を担(にな)っているため、少なくとも(無益で終わるような)同じ轍(てつ)を踏まずに済みそうですし、済まさねばなりません。

 さて、話は拙著「合言葉たちの本」を(株)文芸社から刊行させて頂いた2005年にまで遡(さかのぼ)りますが、幾多の困難を乗り越えて「出版の夢」を実現したにも拘(かかわ)らず、そして多大なエネルギーを費(つい)やした割に、周囲の反応は冷ややかなものでした。家族からは青息吐息(あおいきといき)に近い面(おも)持ちで半(なか)ば呆(あき)れられ、友人や知人からは形式的な褒め言葉を受け取りつつ「変わり者」扱いされるだけ。自己満足に伴う高揚感は急速に萎縮(いしゅく)し、一冊も売れないかもしれないという焦燥(しょうそう)感と危機感が深く募(つの)っていったのです。

≫≫ 以下のブロック(↓)に続く


ブロック B
 本文に振り仮名をつけ、難しい語句には注釈も添えて、なおかつビジュアル的な工夫まで凝(こ)らしたというのに、待ち受けていた世評は(多少なりとも売れて印税収入デビューは果たしたものの)情け容赦なく一刀両断打ち首!?…といった感じでした。そこで、当初は生意気にも読み手の知性や感性が欠乏しているから支持されないだけ…などと(強がり)自分に言い聞かせていましたが、例えば知的ナルシストやインテリかぶれに対して少なからず迎合(げいごう)したような文体に、自分自身が悪酔いしていた面もあるのではないかと考え直し、打開策を練ることにしたのです。

 そもそも、所謂(いわゆる)世俗的な人々に哲学道徳なんて深く理解できないのではないか…という先入観や偏見が心のどこかにあったとすれば、それは驕慢(きょうまん)以外の何ものでもありません。いやしくも、かつては(親しみを込めるために)アフォリズムを「合言葉たち」という…今となっては面映(おもはゆ)い愛称で呼ぶようにしていたくらいなのですから、なおのこと多くの人たちが理解し共有できるような作品づくりを心掛けねばならなかったはず。いや、むしろ「共有してほしい!」という願望ありきでスタートした初心へ帰るべきなのです。

 …とまぁ、そんなこんなでプロの名言(銘言)作家として何とか自活することによって、アフォリズムに独立独歩の存在価値があることを実証してみせようと決意を新たにしたわけですけれど…これら一連の出来事が、旧来の「拾壱流」を次のステップへ押し進める切っ掛けだったと思います。

 とはいえ、一体どうしたものか。幼稚園児にもわかるようなレベルになるまで句をパラフレーズ(簡約化)してしまえば、単なる「キレイゴト」の寄せ集めに堕(だ)するのは目に見えていますし、路線変更して政治家の妄言録や芸能人の冗句集みたいなものを作るのは性(しょう)にも肌にも合わない…。

 そんな悶々(もんもん)とした状態が続いた後、転機となったのはPCの中に眠っていた初期の「合言葉たちの本」の素案データを発見したときのことでした。何とも無謀な話ですが、出版業界の当世事情を全くもって知らなかった時分…筆者【拾壱】はフルカラーでの出版を構想(妄想?)していたらしく、句の作から解説に至るまで全てが鮮(あざ)やかに着色されていたのです。

 そして、それをヒントに閃(ひらめ)いたのが、アフォリズム作品の「CGアート化」という手法。倫理や哲学はもとより、名言や箴言(しんげん)などのアフォリズム自体や読書(活字)にさえ興味のない人たちでも、美術作品にすれば少しくらいは関心を示してくれるかもしれない。それは、ビジュアル面の強化によって警句としての機能性が少なからず棄損(きそん)しようとも価値のあることだと決心し、一条の希望の光が差し込んだ瞬間でした。

 そこから、感性より理性へ訴えかけるアフォリズムに適した説得的なデザインを探求し、伝統的な書画でもインテリア書道でもない「独自のスタイル(流儀)」を確立するための、長く険(けわ)しい悪戦苦闘の日々が始まったのです。

≫≫ 以下のブロック(↓)に続く


ブロック C
 まず、フォント(文字の特性/属性)は図地反転の黒地に白文字というベースを「合言葉たちの本」から踏襲(とうしゅう)しつつ、行書体に句の持つイメージやインパクトを殺さない程度の立体感や光沢感を与え、3Dの方向や奥行き、光源の明度や角度を各文字の形状ごとに最適な状態へ合わせます。

 次に、文字の周(まわ)りを囲う枠組みとなるフレーム(罫線)は、最終的に額装(がくそう)することを想定して、背景が解放感のない「暗闇」ではなく思考を巡(めぐ)らすための「虚空間」として映(は)えるよう、そこに在(あ)るようでいて無いような趣向を凝(こ)らした「点線スタイル」を採用。

 最後に、背景はアフォリズムの解釈に影響を及ぼすことがないくらい…つまり、どこまでも「後景」に徹するべく、デザインに象徴的な「意味」が発現しないレベルでテクスチャーやフィルター・フラクタルなどの特殊効果を組み合わせて変化を与え、真っ黒な状態から色調や明暗に富むグレースケールへと発展させました。

 という具合に、「拾壱流」の誕生~成長秘話(?)を少しだけ…のつもりが長々(ながなが)と記述させて頂きましたが、それでも悲しい哉(かな)、どんなに作品を苦労して完成させ難産のプロセスを語り尽くそうとも、売れないものは売れないのです。

 いや、正確にはCGを表現の手段ではなく目的のように愛し、スキルアップという旗印を忘れてしまうほどデザインに没頭(ぼっとう)できなかった時点で既に、少なくとも「アーティスト」としての資質は欠けていたのかもしれません。

 それでは、ゲストの皆様にとって以上の不甲斐(ふがい)ない回顧録が失敗学の参考文献になったかどうかは不明ですが…いつの日か、「市場の声」に応(こた)えられなかった筆者【拾壱】のリベンジを果たすかのように、めでたく名言(銘言)作家デビューして下さる方が忽然(こつぜん)と現れることを心から願いつつ、第八項の講義を終えたいと思います。【完】

※注 : 当項の本文は、かつて旧サイト『合言葉たちの森』で公開していた「回顧録」のコーナーを適宜(てきぎ)改訂し、書き直したものです。

コメント(-) | トラックバック(-)
BOOK-MARK
eda-line
NEW-OPEN
※ 姉妹サイト開設!
CM & PR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
AVATAR
juuichi-ava

≪筆者・講師≫
H・N :拾壱(じゅういち)
性別 :男(♂)

CONTACT


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。