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名言集より哲学書を読むべし!/名言作家養成塾 

ブロック A
 「名言(銘言)作家になるためには、それこそ温故知新とばかりに過去の名言集(先達の作品)を片っ端から読み漁(あさ)るべきではないの?」という反論が、ゲストの皆様の中から今にも漏れ聞こえてきそうですが、個人的な見解を述べさせて頂くと、その必要性は特にないと思います。筆者【拾壱】も名言好きの一人として名言集や名言サイトなどを閲覧する機会はあるものの、それは「ネタ探し」のためというより、純粋に楽しいから…もしくは、時に人生の教訓となるような智恵に巡り会えるからでしかありません。

 しかも、名言集というのは良くも悪くも編者(へんじゃ)の個人的な好みや知的レベルが存分に反映されるため、解説文が付いていなければ常人(じょうじん)には全く理解できないようなものも多く、「一体全体、この作品のどこが名言なの?」と疑問に思う経験をなさった方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 つまり、名言集の殆(ほとん)どは基本的に過去の偉人の発言や文書・文献などの中から、重要と思われる部分だけを後世(こうせい)の人間が都合よく抜粋(ばっすい)して寄せ集めたもの…すなわち断章取義(だんしょうしゅぎ)であるため、作品によっては前後の文脈から強引に切り離された結果、まるで名著の粗筋(あらすじ)だけを紹介する「要約文学」のように…原作よりも言葉の重みが軽減してしまい、うまく伝えきれていないケースが多いのです。

 要するに、本来は長文として完成品であるはずのものを、第三者が手探りで「おいしいとこ取り」するわけですから、元の完成品を読んでいない人が「これは、名言だ!」と感得するのは技術的に難しいかもしれない…ということ。

≫≫ 以下のブロック(↓)に続く


ブロック B
 だからこそ、スピンオフ的かつ定義の曖昧(あいまい)な「名言」ではなく、理性的で人生の方程式のような「理解可能性」に重点を置いた書き下ろし「銘言」の必要性を説いているわけですが…詰まるところ、市販の名言集の中身を本当の意味で咀嚼(そしゃく)し、さらに作り手として新たな名言(銘言)を創出するためには、遠回りのようでも否応(いやおう)なしに「知の源泉」である良質な哲学書を紐(ひも)解くことこそが、実は最短の近道と言えましょう。

 ここで敢(あ)えて「哲学書」と申し上げたのは、絶対に生粋(きっすい)の哲学書でなければダメだという意味ではなく、その道の専門家が人間の過現未(かげんみ)について語り、実データだけでなく洗練された哲学的な価値判断も下(くだ)している「自然・社会・人文」科学系の理知的な書物が好ましい…ということです。

 なぜなら、名言集に載(の)るような名言を残した人たちの多くは、おそらく(名言集ではなく)それらの深遠(しんえん)な書物を読み込んでいたでしょうから…。無論、ここでいう「哲学的」とは、一人の専門家の意見や一つの偏執(へんしゅう)的な思想に囚(とら)われないという意味でもあるので、何卒(なにとぞ)ご留意ください。

 もしも、名言(銘言)作家を志(こころざ)す人たちが名言集を読むのであれば、それは先述した通り「ネタ探し」のためではなく、むしろ逆に事後的な盗作や剽窃(ひょうせつ)を前もって予防するためであるとか、秀逸(しゅういつ)な名言に「感化」されてモチベーションや創作意欲を高めるため…といった理由によるべきでしょう。そうでなければ、もしかすると貴方は名言(銘言)作家になるよりも蒐集家(研究者)の方に向いているのかもしれません。【完】

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